庭球職人へーま通信
「格言」
『艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉(たま)にす』 訳しておきたい(自分のためにも)。 辞書を引いてみる。 「苦労や困難を堪えてこそ立派な人間になれる」とある。 西洋の諺(ことわざ)の「逆境は人を賢くする」の意訳らしい。 「艱難(かんなん)」は「災難や困難」のこと。 「汝(なんじ)」は「目下の人や親しい人を呼ぶのに用いられる。二人称」のこと。 「玉(たま)」は「みがいた鉱石や真珠など。転じて、価値あるもの、すぐれたもの、いつくしむべきもの」のこと。 ふ―――ん。 勉強になりました。
2018/07/15  庭球職人へーまのテニスコーチブログ

「セカンドベスト」
沢宮さんの話。 『イップスに罹った人は、どう生きるべきか。 コンバートやフォームを変えるなどして、これまで支障のあった運動プログラムを変更することで好転し、活躍した事例は多い。 そこで大事なことは、コンバートは必ずしも自分にとってベストな選択ではなくても、考え方を柔軟にしてセカンドベストの選択をし、与えられた場、自分が必要とされている場で、自分を生かしていくことも必要だと考える事である。 このようなケースはイップスに限らず人生の途上で多く経験することだ。 「自分がやりたいことと、できることは違う」とよく言われるが、その言葉と通じる点がある。 古い言葉だが、「艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉(たま)にす」という格言がある。 試練は自らを鍛えてくれ、心がけ次第で大きく学び、成長できることも事実なのである。』 合掌。
2018/07/10  庭球職人へーまのテニスコーチブログ
続・「対峙(たいじ)」
それからローボレーについて。 「世間」ボレーは、ローボレーが繋(つな)ぎのボレーだと思っている。 僕のボレーは、ローボレーが(踏み込む足を頑張った分)一番いいボレーになる。 あとは細かい話。 「世間」ボレーは簡単だ。僕のボレーは難しい。 「世間」ボレーは、フォアボレーとバックボレーでやっていることが違う(ことが多い)。僕のボレーは、フォアボレーとバックボレーでやっていることが同じだ。 「世間」ボレーは、ボールがバウンドしてから伸びない(滑らない)。僕のボレーは、ボールがバウンドしてから伸びる(滑る)。 「世間」ボレーはつまらない。僕のボレーは楽しい。 どんなボレーを打とうとみんなの自由だけど、僕には「美学」がある。 おしまい
2018/07/09  庭球職人へーまのテニスコーチブログ


「対峙(たいじ)」
長い間、「世間」ボレーと対峙(たいじ)してきた。 ここに僕のボレー理論と世間のボレー理論の違いを記しておきたい。 まず定位置から。 「世間」ボレーは、おおむねネットとサービスラインの中間に立つ(だから「世間」ボレーは、頭の上をロブでホイホイ抜かれる)。 僕のボレーは、サービスラインの上に立つ(ショボレーを打って、フラフラと前に出て行くと、僕に「立ち位置オフサイド」のファウル(反則)を取られる)。 次にスイングについて。 「世間」ボレーは、ラケットを振ってはいけない。 僕のボレーは、ラケットを振らないといけない。 だから「世間」ボレーは、ラケットがずーっと視界の中に入っていないといけない。 僕のボレーは、一回ラケットが視界から消えないといけない。 つづく
2018/07/07  庭球職人へーまのテニスコーチブログ
続・「強く打とう!」
ボールを強く打つことを優先すると、足が動かなくなるんだったら、僕も世間のコーチのように、足を動かすことを優先するだろう。 でも僕は信じている。 本当にボールを強く打てることができるようになった人が、他の人よりも速く動くことができるって(僕がそうだから)。 ここが肝心(かんじん)だ。 事の順逆を誤ってはいけない。 ボールは、運ぶのではなく、撫(な)でるのではなく、強く打とう! おしまい
2018/06/30  庭球職人へーまのテニスコーチブログ



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