庭球職人へーま通信
「謹賀新年2020」
あっという間に過ぎていった2019年。 干支(えと)が子(ねずみ)になって、年男(←亥)だった僕は、3月に49才になります。 正直言って、次の亥の頃の自分を上手く想像できないでいます。 12年後、60才って??? 僕はまだテニスコーチをしているのだろうか??? そもそも小学生の頃から、50才で死ぬつもりで生きてきた訳だし(←本気)、まだ生きているのだろうか??? 最期の50才(←予定)まで、必死こいて突っ走るつもりです。 いろいろな所で口走ってきましたが、もしも僕が50才になっても死んでいなかったら、それからの人生は「グリコのオマケ」のようなものです。 ゆっくりと歩いていきたいです。 僕が大泉学園の右も左も判らないまま、タウンテニスに連れてこられたのは19才でした。 もうすぐ30年(長いね)。 スタッフの学生とも、歳が離れる一方で、話も合わずに煙たがられていることでしょう…。 2020年。 今年はどんな1年になるのでしょう? いい人間になりたいと願って、一生懸命、努力してきましたが、「いい人間とは何ぞや?」の答えすら判らないままでいます。 福田先生(←「この一球は絶対無二の一球なり」の御人)は、「いい人間がいいテニスをする」と言いました。 僕は「いい人間」なのだろうか? 僕は「いいテニス」をしているのだろうか? 他者に不快な後味を残す位なら、死んだ方がマシだと信じて疑いません。 合掌。 2020.1.8No1338
2020/01/15  庭球職人へーまのテニスコーチブログ

二刀流
「球出練」でボールを出し続ける。 月曜日から土曜日まで、せっせとせっせと。 病(←イップス)に冒されて、フォアハンドでボールを出せなくなってしまったので、いつの頃からか、バックハンドでボールを出すようになった。 でも最近になって、だいぶフォアハンドでボールを出せるようになった(完治には程遠いが)。 気がつけば、どちらでもボールを出せるようになった訳だ(スイッチヒッターのように)。 最近の僕は、「二刀流」だ(バックハンドで出す時は、イチローみたいに。フォアハンドで出す時は、五郎丸みたいにルーティンをする)。 平馬富人と書いて「なんでもできる」と読む。 コレぞタウン共通認識! OH!BIG FLY!大谷さ――ん。
2019/12/20  庭球職人へーまのテニスコーチブログ
数息観(すそくかん)
いろいろな種類の「呼吸法」を取り入れている。 朝に目が覚めて、時間に余裕がある時には、なるべく全部するようにしている(結構、時間がかかる)。 締めに「数息観(すそくかん)」。 これが実にいい…。 以前は「昼寝」がカラダにいいと知って、「昼寝」を意識的に実践していた。 でも「昼寝」をしないで済むようになった。 眠くならないから、時間を有意義に使える。 「呼吸法」のおかげだ! 普段は無意識にしている呼吸を意識してすることで、得る事は多い。 ボールを打つ時に息がとまっているとしたら要注意! 「生きるとは、息をすること」だ…。
2019/12/20  庭球職人へーまのテニスコーチブログ


動きの理論
若い頃に読んだ野口三千三先生の「動きの理論」を読み返してみる。 努力を続けたせいか、昔よりも今の方がすんなりと合点がいく。 足の幅を大きく取らないこと。 肩幅ぐらいで充分だ。 足幅を広く開くと安定するという先入観は、学校の体育で植え付けられる。 それは剛体物理の考えだ。 動かない建物の場合には、地球につながる土台は、広い方が安定する。 しかし、動くものの土台は、広く幅を取ると逆に不安定になる。 次の瞬間の動きの可能性を妨げる。 従来の体操がやっている左右相称の動きの不自然さに気づかないのは、力ずくでやっているからだ。 力ずくは無理をするということ、無理は動きの原理に合わない、ということだ。 いい動(うご)きは、いい重力(じゅうりょく)。 重さに貞(き)くことが大切だ!
2019/11/25  庭球職人へーまのテニスコーチブログ
「ない」というイメージ
週に一回、「快信整骨院」でカラダをバージョンアップ。 述先生と僕の会話は、よく弾む。 二人が目指す究極のカラダのイメージは一致している。 極端なイメージをいうと、骨がないと思う。 そうすれば滑らかな動きが生まれる。 筋肉がないと思う。 そうすれば液体的な、流体としてのカラダの動きが生まれてくる。 重さだけのカラダの動きに徹すると、重さが消えて、軽い滑らかな動きが生まれる。 意識がないと思う。 そうすれば自然に楽なあり方を、カラダ、それ自体が選んでくれる。
2019/11/25  庭球職人へーまのテニスコーチブログ



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